2017-3-7 衝撃

ijim

先日、またしても耳を疑うような報道があった。

東京電力福島第1原発事故で福島県から新潟県下越地方に避難している公立中学1年の女子生徒が、複数の生徒から「菌」と呼ばれるなどした問題。

女子生徒の両親は、女子生徒が作文に書いたいじめの訴えを国語教諭が見落とすなど被害を把握できなかったと説明している学校側に対し、「もっと早く気付いてくれたら、深刻な事態にはならなかった」と憤りをあらわにした。

「つらいことを思い出して書いている。強くなったねと言いたい」。父親は自宅で取材に応じながら作文を示した。

「人間なのに」と題した作文は原稿用紙4枚分。女子生徒が昨年7月に授業で書いた。小学校時代に受けたいじめを書き連ね、中学でも「まだいじめはつづいています」と明確に訴えた。「私のできることはいじめられている人をたすけてあげること」ともつづっている。

両親によると、国語教諭は昨年12月に謝罪に訪れた際、作文を「最後まで読まなかった」と話していた。しかし、21日夜の保護者会で校長は、全文に目を通したか明言せず「小学校のいじめの内容と受け取り、中学の部分は見落とした」と繰り返したという。一方、地元の教育委員会は21日の記者会見で「夏休みに最後まで読んだ」とした。

母親は「説明が二転三転し、娘も学校を信用できなくなった。この作文を読んで何もしなかった教諭は人の心の痛みを分かっていない」と語気を強めた。

中学入学前、両親は小学校でのいじめを踏まえ「娘を注意深く見守ってほしい」と中学側に伝えていた。女子生徒は作文以外にも、担任に孤立感などを相談していたという。

父親は「学校がいじめに気付くチャンスは何度もあった。もっと早く手を打ってくれれば、事態の悪化を防げたはずだ」と悔しさをにじませる。

女子生徒は小学3年だった2012年8月、家族と共に福島県から自主避難した。福島の小学校の担任からは「誰とでも仲良くなれる子だから心配ない」と言われていたが、転校直後にいじめが始まり、自傷行為をしたこともあった。中学でのいじめで「学校が怖い」と話しており、3学期は一度も登校できていない。

父親は原発事故当時、勤務先の工場が警戒区域内にあり、操業再開の見通しが立たないため解雇された。放射線量などに気を遣う生活にも疲れ、「もう戻らない覚悟」で新潟に移ったという。

両親はいま住んでいる土地で女子生徒を育て続けるつもりだ。「娘には無事にこの中学を卒業させてあげたい。でも、学校への不信感がなくならなければ、娘は登校する気持ちになれない」。両親は、今後の学校の対応を見つめている。

次のページで女子生徒の作文をご紹介します。

 

 

 

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